だんじりとは

祭礼に奉納される山車(だし)のこと。「楽車」・「壇尻」・「台尻」・「段尻」とも表記される。主に西日本の祭礼で登場し、「曳きだんじり」と「担ぎだんじり」の2種類に大別される。地方によっては、太鼓台や布団太鼓などをこう呼ぶ場合もある。
- Wikipediaより

上記の通り、だんじりには数種類の型がありますが、ここでは上記の通りに言うならば主に「曳きだんじり(以下:だんじり)」についての情報を掲載していきたいと思います。
だんじりというと一般的には岸和田のだんじり祭が有名ですが、だんじりは岸和田だけにあるのではありません。摂河泉全域、兵庫、和歌山、奈良、はたまた海を越えて香川県、関東地方にもあります。曳行形式は違えど、だんじりには違いありません。意外と知らないだんじりの世界をここでは紹介していきます。
尚、管理人も勉強中なので間違い等があればご指摘していただければ幸いです。
だんじりの歴史

元禄16年、当時岸和田城主であった岡部長泰公が京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭が起源になった。

と、いうのがだんじりの歴史を語る上でよく言われる出来事です。が、一つ気をつけなければならないのは、これはあくまで"岸和田のだんじり祭"のルーツとなった歴史上の出来事であるということ。また、泉大津の油屋治兵衛が北町のだんじりを購入したという話もありますが、あくまでこれも岸和田でのお話。尚、この件に関しては忠岡町が岸和田型だんじりの発祥という説もあります。
では、本来のだんじりの歴史とはどのようになっているのか?残念ながら現段階ではわかっていないのが現状です。有力な部類では堺が発祥の地であるという堺説、大阪天満宮が発祥であるという大阪説、羽曳野市の誉田八幡宮が発祥であるという誉田説があります。

まだどれも立証はされていない事柄ですが、話のネタに一つ熱く自分の考えを語ってみるのも楽しいかもしれません。
だんじり祭りの目的・意味

祭禮における神事と神賑という言葉をご存じでしょうか?神事とは簡単に言うと、だんじりが宮入をした後に町の偉い人達が神社の中でお祓いを受ける行事であるとか、神社で巫女が舞を舞い、神様をお迎え・お送りする行事でいわば祭禮の本当の意味でのメインイベントです。そして神賑というのがだんじりを曳行して神様と一緒に楽しもうって感じですね。神賑のルーツについては下の日本神話の天岩戸の話をご覧ください。

だんじり祭りは神戸では春、大阪市内と河内の一部では夏、奈良の一部や和歌山、大阪の泉州・南河内などの地域では秋に行われています。また、奈良の一部では晩秋に行われているところもあります。それぞれの地域、季節によって祭りに込める意味合いも違ってきます。
例えば春にある神戸の本住吉神社祭禮では天下蔓延の疫病退散の祈願、夏にある平野郷の祭禮では無病息災の祈願、秋の岸和田のだんじり祭りは五穀豊穣の祈願と雨乞いを目的としており、別名ゲタ祭りとも言われています。変わったものでは泉大津の濱八町ではかちあいが行われ、子孫繁栄を意味しているいるそうです。

しかし、ここ最近では祭禮のイベント化や、盗人曳き(警察の曳行く許可をとらずにだんじりを曳行すること)の横行が著しく見られ、本来の祭禮の意味やそれに対する愛情が薄れている気がします。祭禮とは先人達に感謝すると共に、神々と一緒に老若男女が楽しめるのが本来の祭禮であり、昔ながらの祭りを守っていってもらいたいと思います。
天岩戸(わかりやすい版)

昔々、大昔スサノオノミコトと揉めたアマテラスは天岩戸に引き篭もってしまったんですよ。すると、たちまち神様が住む国も日本も真っ暗闇に覆われ、様々な災いが起こってしまいました。困った困ったってなった八百万の神は色々試行錯誤を繰り返しました。
そして、アメノウズメが半裸になって舞を踊り、八百万の神が高天原まで聞こえる声で笑っていると、引き篭もっていたアマテラスが顔を出して「なんで私が引き篭もってるのにみんな楽しそうなん?」みたいなことをアメノウズメに聞くと、「あんたより偉い神様が出てきたから喜んでるねん」的なことを言うと、アメノコヤネとフトダマが八咫鏡を出しました。
鏡に映った自分が現れたえらい神様だと思ったアマテラスが、もっとその姿をよく見ようと岩戸を開けたとき、隠れていたタヂカラオがアマテラスの手を取って外に引きずり出し、注連縄を張って戻れなくなってしまい、世界は明るくなりました。
で、揉めてたスサノオは罪を償うためにたくさんの品物を科して、髭と手足の爪を切られて高天原から追放されましたとさ。

めでたしめでたし。

というのが彫り物でよく見かける天岩戸のお話です。日本神話として古事記や日本書紀に記述されています。非常に勉強になるので、気になる方は図書館などで参考文献などを読まれてみることをお勧めします。